普門軒の禅のミカタ

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世界はひとつ? 世界とひとつ

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「絆」の元来の意味は家畜や動物をつなぎ止める紐のことです。それが室町時代頃から、現代私たちが使っている絆という意味になったそうです。

ひとつでありつつそれは異なるが、異なりつつもそれはひとつである

「丁か半か」あの「半」とは

「絆」は「糸偏」に「半」と書きます。なぜ「半分」なのでしょうか。 実はこれは「半分」という意味ではなく、「丁か半か」あの「半」です。つまり分けることのできない数字、「奇数」を意味します。

仏教には〈一如〉という非常に大切な教えがあります。ひとつでありつつそれは異なるが、異なりつつもそれはひとつであるという意味です。梵我一如、生死一如、自他一如などと申したりします。

「一如」の見方は日本人の心であり、「絆」は日本人の姿だと思います。

富士山はその名の通り不二の山です

この場合の不二とは「二つと無い」という意味になりますが、禅で言うところの「不二」とは、「一体」「一つの如し」と言う意味になります。

好き嫌い、熱い寒い、良い悪い…。私たちは知らず知らずのうちに、分別、選択、比較で物事をとらえてしまいます。これは二元論といいますが、禅は二元対立にとらわれてはいけないといいます。

「世界は一つ」とよく口にしますが、世界は一つであると客観的に見ています。 しかし禅的には「世界と一つ」になるでしょう。自分も世界に含まれていると見てます。 まさに自分は「自」然の「分」身ですね。