普門軒のブログ 禅という見方

禅と真摯に向き合えば、あなたの生き方が必ず変わる

一所懸命生き、一所懸命死にたい

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寿命という言葉があります。仏教では寿も命も「いのち」の意味です。寿は時間を表し、命は身体を維持するはたらきを指します。

息と生きと命

中国では命ぜられた命

漢字の「命」の音読みは「メイ」ですね。この「命」という字はひざまづいている人に言いつけるという意の「令」に「口」をつけ、言いつける意味をより明らかにしたという意味ということです。

そこから派生して大いなる天の命ずるところつまり運命、人の寿命という意味に派生しました。

日本では息をしている間の命

訓読みでは「命」は「いのち」と読みます。「いのち」は「生き」「息」を意味し、「ち」は「内(うち)」を意味ということです。つまり「命」は「生きの内」「息の内」。生きている間、息をしている期間ということになります。

日本の場合は「命」は「生きる」「息」と直接結びついています。私たちは大きな見えないものによって生かされているのでりましょう。それをGODと呼んだり、天と呼んだりすることもある。

しかし所詮は「息」をしていることが「生き」ていることであるのです。命とは息をする力のことであろう。 私たちは食事を食べ、働き、充実感も得たり、冬になれば体を暖め、夏になれば冷やし、危険が起きれば身をかばう。これもすべて息をするための力を保つためなのでしょう。

生きるは良いこと? 死は悪いこと?

息が止まったとき、命はつきる。 命とは息をすること。「息」は「生きる」と「命」が同じ音であり、「息」は「自ずから」の「心」と書きます。ただし「息の内」が良いことで、「息の外」つまり死は悪いこととは言っていません。命とは「息の内」ということだけが真実です。

大切なのことは、一所懸命生き、一所懸命死ぬという生死一如という見方です。