普門軒のブログ 禅という見方

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ふるさとは遠きにありて思ふもの。そして悲しくうたふもの

f:id:fumonken:20190807201738j:plain私も47歳になりました。ここ数年、妙に故郷のことを考えます。故郷を思う年齢なったのかなあなんて思うのです。 私の故郷は愛知県の豊田市という町です。

700年以上、人が住み続けている私の故郷

トヨタの企業城下町ですが

トヨタ自動車の企業城下町で有名ですが、私の育った地域は、豊田市の中心街でもなければ、郊外の住宅街でも、街道の商店街でもありません。故郷の遠方には北に猿投山、東に六所山、炮烙山の山々を望むことができます。近くには野見山、秋葉山があり、また矢作川が流れ、古くからその恵みによって田畑が開かれた地域です。集落には建武元年(1334)創建の長興寺というお寺があり、同じく建武5年(1338)創建の八柱神社というお宮さんがあり、鎮守の森には今も変わらず大木が茂っています。 南北朝時代から人が住み続けている私の故郷。

子を産み、育て、そして死んでいく。その繰り返し

この長い時間の間、人が生まれ、暮らし、子を産んで、そして死に、またその子供が、暮らし、子を産み、そして死んでいったのです。そんな人々の営みの連続が700年以上も続いている土地なんです。

戦国時代には織田信長の軍勢にお寺は焼かれましたが、村の人々はお寺を再建します。また江戸中期に治水工事が行われ、当時の元号をとって安永川と名付けました。小学校も古く、明治5年(1872)の学制発布の年にできたので、今年で140年を超えます。曾祖父も祖父も母も私も同じ小学校に通いました。

そして悲しくうたうもの

私が子供の頃、集落の家々は瓦屋根の平屋の木造家屋が大半でした。友達の家に行くと古い木造家屋のなんともいえない匂いがしたのをよく覚えています(今、普門軒で毎日それを味わっていますが)。そんな木造家屋も今は建て替えられ、新築のプレハブ住宅が帰郷するたびに多くなっています。

でも家々の表札は私の覚えている名字がそのままかけられていて、私の故郷は空き地になったり、コインパークになっていることはありません。集落の中を走る道は、古地図のままで、今でも人々の暮らしを支えています。 室生犀星の詩に『ふるさとは 遠きにありて思ふもの』とあります。さらに下の句の『そして悲しくうたうもの』。本当にそうだと感じます。