道は大空のようにまどかで、足らぬところも残るところもないのだ。より好みするからこそ、不自然なことになるのである。
砂地には水がしみこむんです
今日は以前も来てくださった方々ですが、8人ほど坐禅と法話を聞きにまた普門軒に来てくださいました。日頃は誰も来ない普門軒ですが、秋の本当に心地の良い時間に、みなさんがお寺にお越しになり、とてもいい時間を過ごせました。
続きを読む信心銘の話〈その1〉
本当の道は、難しいことがない。取捨選択さえしなければよいのだ。
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令和元年秋期彼岸施餓鬼会
昨日、令和元年秋期彼岸施餓鬼会法要も無事にお勤めすることができました。200年以上続くお寺の行事がこの令和の御代に入っても、なんとか続けられた事は、参列して下った檀家のみなさまのおかげです。
続きを読むFight for Freedom. Stand with Hong Kong
どうしてもこの話題について書きたくて、書かないといけないと思い、今日、はじめてブログにしたためます。
「もったいない」について思うこと
以前に「もったいない」について調べ、考えたことがあります。私の至った結論から言うと「もったいない」という言葉は、「諸行無常」という仏教用語を日本の言葉で訳した言葉ではないかと考えます。
彼岸会施餓鬼法要では何をしているの?
普門軒では、9月23日は令和元年秋期彼岸会施餓鬼法要のにとなります。ここ数年、一人でも多くの方に参列したいただきたい、いろいろな試みをしているのですが、なかなかうまくはいきません。今年は何人の方に来ていただけるでしょうか。
彼岸の時期に行う餓鬼に施す仏教の法事
彼岸会法要のことを正式には「彼岸会施餓鬼法要」と言い、お彼岸の時期に行う施餓鬼法要という意味です。施餓鬼棚に飾られた山海の六味、山盛りの餓鬼飯、独特な節回しの『大施餓鬼』の唱和は、禅寺ではわりあい単調な普段の法要とはひと味違います。
あるものを食べることが禅の食事の基本
禅の食生活の基本は「あるものを食べる」ということでしょうか。季節の物を食べるというのはもちろんですが、いただいたものを食べるというのも大切なことですね。